Mother and
Two Children
三人の親子  千家元麿
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表記を現代かな遣いに改め、構文の乱れ、句読点の打ち方等改編。


三人の親子
-改編-


千家元麿(せんげ・もとまろ)【1888-1948】
東京生まれ。白樺派の詩人。
人道的情熱と自然賛美の素朴な作風で知られる。
世の弱い立場の人々への共感を込めた作品が多い。
著作に、詩集『自分は見た』小説戯曲集『青い枝』等がある。





   三人の親子
                        千家元麿


ある年の大晦日の晩だ。
場末の小さな暇そうな餅屋の前で
二人の子供が母親に餅を買ってくれとねだっていた。
母親もそれが買いたかった。
小さな硝子戸から透かして見ると
十三銭という札がついている売れ残りの餅である。
母親は長い間、その店の前の往来に立っていた。
二人の子供は母親の右と左の袂にすがって
ランプに輝く店の硝子窓を覗いていた。
母親はどこからか射す薄明りで
帯の間から出した小さな財布から金を出しては数えていた。
十三銭という札のついた餅を買おうか買うまいかと迷って、
三人とも黙って釘付けられたように立っていた。
苦しい沈黙が一層息を殺して三人を見守った。
どんよりした白い雲も動かず、月もその間から顔を出して、
どうなることかと眺めていた。
そうしていることが十分あまり、
母親は聞こえない位の吐息をついて黙って歩き出した。
子供達もおとなしくそれに従って、寒い町を三人は歩み去った。
もう、買えない餅のことは思わないように。
やっと空気は楽々となった。
月も雲も動きはじめた。そうしてすべてが移り動き過ぎ去った。
人通りのない町でそれを見ていた人は誰もなかった。
場末の町は永遠の沈黙に沈んでいた。
神だけはきっとそれを御覧になったろう。
あの静かに歩み去った三人は
神のおつかわしになった女と子供ではなかったろうか。
気高い美しい心の母と二人のおとなしい天使ではなかったろうか。
それとも、大晦日の夜も遅く、人々が寝静まってから
人目を忍んで買物に出た貧しい人の母と子だったろうか。



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三人の親子 原詩
或年の大晦日の晩だ。
場末の小さな暇さうな、餅屋の前で
二人の小供が母親に餅を買つてくれとねだつて居た。
母親もそれが買ひたかつた。
小さな硝子戸から透かして見ると
十三錢と云ふ札がついて居る賣れ殘りの餅である。
母親は永い間その店の前の往來に立つて居た。
二人の小供は母親の右と左の袂にすがつて
ランプに輝く店の硝子窓を覗いて居た。
十三錢と云ふ札のついた餅を母親はどこからか射すうす明りで
帶の間から出した小さな財布から金を出しては數へて居た。
買はうか買ふまいかと迷つて、
三人とも默つて釘付けられたやうに立つて居た。
苦るしい沈默が一層息を殺して三人を見守つた。
どんよりした白い雲も動かず、月もその間から顏を出して、
如何なる事かと眺めて居た。
然うして居る事が十分餘り
母親は聞えない位の吐息をついて、默つて歩き出した。
小供達もおとなしくそれに從つて、寒い町を三人は歩み去つた。
もう買へない餅の事は思は無い樣に、
やつと空氣は樂々出來た。
月も雲も動き初めた。然うして凡てが移り動き、過ぎ去つた。
人通りの無い町で、それを見て居た人は誰もなかつた。場末の
町は永遠の沈默にしづんで居た。
神だけはきつとそれを御覽になつたらう
あの靜かに歩み去つた三人は
神のおつかはしになつた女と小供ではなかつたらうか
氣高い美くしい心の母と二人のおとなしい天使ではなからうか。
それとも大晦日の夜も遲く、人々が寢鎭つてから
人目を忍んで、買物に出た貧しい人の母と子だつたらうか。






三人の親子 たて組み


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